根拠も無いのにやたらと有名な血液型性格分類だけど、誰が生み出して広めたんだろう?
A型は几帳面で神経質、
B型は物事をズバッと言う、自分勝手、
O型はおおらかでいい加減、
AB型は変人。
大体血液型で性格を分けるとこんなイメージだと思いますが、
血液型と性格は特に関係ないっていう統計的なデータがまた1つ増えたようです。
この時代に血液型占いを本当に信じている人は希だと思いますが、
ちょいちょい話に出てくる馴染み深いお話でもあります。
日本、韓国、中国、台湾あたりのアジア圏以外では血液型別性格診断は全然浸透していないようですが、
そもそもこの血液型性格診断ってどこから出てきてどうやって広まったんでしょう?
血液型性格診断が生まれたのはナチスドイツ
血液型性格分類は、元々はナチス時代のドイツの精神科医のエルンスト・クレッチマー博士が提唱したのが始まり。
とはいってもしっかりとした科学的根拠があったわけではなく、
ドイツ人に多い血液型をヨイショするのが目的だったとか。
血液型性格診断は生まれた瞬間からコンテンツとしての意味合いが多分に含まれていたんですねえ。
ちなみに、日本では心理学者の古川竹二教授が血液型による気質の研究を行ったことが始まりだそうですが、
データを集めれば集めるほど例外が多くて自分の研究テーマの信憑性を疑うようになっていったんだとか。
血液型と性格には元々関連性が無いなら、きちんと研究すればするほど証明できなくなっていくのは当然です。
逆に言えば自身の研究に疑問を抱いたのはしっかりとした調査を行っていた証拠でしょうか。
血液型性格診断を広めたのは能見正比古(のみ まさひこ)
なんとも日本人が食いつきそうなこの本の著者が能見正比古氏。
血液型と性格の関係性について、現在の私たちが知ってるような形にまとめ上げたのがこの方です。
「血液型でわかる相性」「血液型人間学」など、一般向けの血液型と性格に関する本を出版。
1970年代のことですが、当時はベストセラーだったようです。
また、能見正比古氏の息子にあたる能見俊賢氏は父から受け継いだ血液型と性格に関するデータを引き継ぎ、
さらに著書を発表したりテレビメディアに出演したりして血液型性格診断の社会的知名度をどんどん押し上げていった結果が現在の日本というわけです。
今でこそ「擬似科学」だの「根拠が無い」だの言われているように見えますが、実は当時から根拠が無いという批判はあったようです。迷信深い時代にあっても、何となくおかしいとは思われていたんですね。
まあ小さい頃からB型とかA型とか刷り込まれるうちに性格が変わっていくっていうのはありそうな話だと思いますが。